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伊藤左千夫 作 【春の潮】 から抜粋

のろい足だなあ と二三度省作から小言が出て 午後の2時ごろ三人は漸く御蛇が池(おじゃがいけ)へついた。
御蛇が池には未だ鴨がいる、高部や小鴨や大鴨も見える。

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御蛇が池の由来 御蛇が池の全貌
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当コンテンツのタイトルは【赤人・小町・西行】となっています。

赤人・小町・西行はいずれも今から1000年以上も前に雅な京の都で活躍し、人口に膾炙している歌人たちです。
そのような雅な歌人たちと下図の地図の鄙びた地域(御蛇が池の近辺)とが不思議な縁で結ばれていたとは!うれしいじゃありませんかっ!。
下図の地図の鄙びた地域とは、東金市の西の外れの地域で、地名は西から「山田」「小野」「田中」と呼びます。
”鄙びた”と云いましたが、ご覧のように幹線道路(東金道路ハイウェーの山田IC、国道126号)が近くを通っています。
ところが一歩幹線道路から外れますと、もう其処は万葉時代の山之辺の風景なのです。そして何故かここは山辺郡なのです。地形的には両総台地という山のヘリにあたります。
私がそぞろ歩きしているとき遭遇した老夫婦のお話では「小野地区には新住民が入って来ないのです。住民構成は私らの子供時代から変わっていません。」ということでした。まさに万葉の時代そのままの佇まいです。

さて、赤人・小町・西行との縁のある場所を下図の地図(ぼかしの部分)でご案内しますと

御蛇が池を下図の右下に見つけられます。その右に法光寺というお寺が見つけられます。
ここは東金線福俵駅からどこまでも続く水田地帯をまっすぐに北進すると、やがて前面に御蛇が池の最東端にある堰堤が見えてくるような所です。
その堰堤の右の方角、水田の尽きる辺りにいかにもお寺です という形の屋根をした宝珠山法光寺を目にすることができます。この寺には「産の珠」と呼ぶ寺宝と「赤人坐像」があります
その堰堤と法光寺を頂点とした逆正三角形のもう1つの頂点のところ、田圃の中に一本の榎の木が植えられている塚があります。それが万葉歌人 山辺赤人塚です。
また下図の地図の真中に六所神社(小野地区の産土神社)があります。この神社の傍らが現在では小野小町公園となっており、公園内に六歌仙の唯一の女流歌人小野小町の塚があります。
さらに山田ICから季美の森方面に通じる旧道沿いの左手山腹に数本の桜の木がある。これが西行法師ゆかりの墨染めの桜です。
その墨染めの桜からさらに200m程進んだところが貴船神社です。

このHPの旅人は伝説は事実であった、との立場を基本としています。
否定からはなにも生み出されません。「火の無いところに煙は立たず」の譬えを信じることによって、ロマンも広がるというものです
山辺の赤人はこの地を旅したのです。小野の小町はこの地で生まれたのです。そして、西行はそのような先輩ゆかりの地を訪れることによって森羅万象の真理の歌心による表現を追求していったのです。

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法光寺の山門と本堂
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赤人塚
田子の浦の歌よりも、
春の野に すみれ摘みにと 来(こ)し我ぞ
野をなつかしみ 一夜寝にける
の歌の方が赤人塚に相応しい
赤人塚の由来
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墨染めの桜
法の師の 植え残しては 桜こそ
 衣の袖の 墨染めに咲け
墨染めの桜の由来
深草の 野辺の桜木 心あらば
 亦この里に 墨染めに咲け
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小町塚の記念碑
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